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横山 敏秀(弁護士)
法律実務から見た、歯科医院の承継の勧め


【歯科医院の承継の意義】
誰もがあまり直視したくない真理ですが、残念ながら生命あるものには必ず死が訪れます。この真理は現時点では元気よく歯科診療に邁進している先生方にも当てはまり、誰であってもこの真理から逃れるすべはありません。ここでは、まず危機管理の定石に従って最悪の事態が起きた場合、すなわち歯科医院の承継の準備も何もしていない間に突然先生方に死が訪れた場合のことから考えてみましょう。

 歯科医院の承継の準備もしていなければ突然のことなので、たとえお子さんたちが歯学部を卒業して歯科医師の免許を持っていたとしても実際うまく承継できるかどうかわかりません。お子さんたちにはお子さんたちの生活があるでしょうから、先生方の歯科医院の承継を断るかもしれませんし、何も準備していなければ相続人間で紛争が起きて円滑に歯科医院を承継できないかもしれません。特に相続争いは一応の解決を見るまでに何年もかかることは実務上結構ありますので、その間、歯科医院が誰のものか明確にならないまま宙ぶらりんの状態で歯科医院の継続が事実上不可能になってしまうことさえもありうるのです。幸運にも相続争いが決着するまでの間、暫定的にでも例えば長男が承継することを相続人間で合意できたとしても、長男としては必ず自分のものになるとは限らない歯科医院での診療に力が入らず、スタッフも将来、兄弟の中の誰が院長になるか不明なままでは落ち着いて仕事に集中できないので、結局歯科医院の存続が危機に曝されてしまいます。
 
しかし、実際には歯科医院を承継できず潰れるしかないとなると本来であれば回避できたはずの種々の大きなマイナス(損失)が現実のものとなります。まず、地域の患者さんたちの期待を裏切ってしまうことになりかねないということです。先生方の歯科医院がこれまで存続することができたということは、何より地域の患者さんたちに先生方の歯科治療が支持されてきたということの証左です。現在のように歯科診療所がコンビニエンスストアより多いと言われる時代では、余程地域の患者さんたちに支持を受けていない限り勝ち残ってくることは不可能だったからです。そうすると、支持してくれた地域の患者さんたちの期待に応えるためにも先生方の歯科医院を潰すことになる ような事態だけは避けなければならないはずです。

 次に、社会経済全体に与えるマイナス(損失)があります。歯科医院を潰してしまうとなると、歯科医院の入っている建物が賃貸であれば原状回復をして退去することになり、また、仮に自己所有の建物であっても内装・配管など歯科医院に特有なものは全て無用の長物となり、結局いずれの場合も内装・配管など多額の費用をかけて歯科医院用に改装したものが全て無駄になってしまいます。また、歯科診療のための機材も撤去せざるを得なくなりますが、これも簡単には再利用はできません。こうした社会経済全体から見た損失は決して小さくありません。さらに、歯科医院が潰れるとなると原状回復や撤去のための費用なども先生方の相続人が負担せざるを得なくなり、先生方の相続人の経済的負担も決して小さくありません。 こう考えてくると、こうしたマイナス(損失)を出さないようにするためにも歯科医院の承継がうまくいくように事前に十分準備をしておくべきなのです。

【承継の準備その1】
事前の準備として、まず歯科医院を特定の相続人に相続させる旨の遺言書を作成しておくという手段があります。例えば、先生方の長男を歯学部に入れて歯科医師にして、この長男に先生方の歯科医院を遺言によって相続させるのです。最近のニュースによれば、政府与党は、遺言に基づいて相続すれば相続税の負担の軽減を図ることができるという「遺言控除」を新設する方針を固めたということです。

これは遺言の普及を促し、相続をめぐって相続人間で発生する紛争を防ぎ、若い世代への円滑な資産移転を可能とすることを狙ったものといえますがそれだけ遺言が存在しなければ、相続人間で紛争が発生してしまう可能性が高いということでもあり、こうしたことが社会全体における共通認識にもなっているということを端的に示しています。ところで、遺言書には自分で全て書く自筆証書によるもの(自筆証書遺言)と公証人に作成してもらう公正証書によるもの(公正証書遺言)と大きく分けて2つの作成方法があります。

遺言書の要件は厳格でその要件を完全に満たさないと有効にならない要式行為であるとされており、自筆証書遺言の場合、余程注意して作成しておかないと自分が死んだ後に無効であると判定されてしまう可能性があります。実務上も自筆証書遺言の要件を満たさない「遺言書」なるものはよく見かけますので、注意を要する点です。また、自筆証書遺言は家庭裁判所における検認が必要となりますが、検認の期日を相続人全員に知らせて出席の機会を与えるため大体1か月以上の期間を空けて検認の期日を指定するので、その分時間を要します。さらに、遺言者本人が書いたのか否かといった根本的な点から大いに争われる可能性もあり筆跡鑑定なども必要になることもあります。

こうしたこともあって自筆証書遺言だけでは相手にしてくれない金融機関も実際には結構数多く存在しており、相続人全員の実印による押印と印鑑証明書の提出で漸く被相続人の預金の引出しに応じてくれるところもあります。逆に言えば、一旦相続人間で争いが起きると、相続人全の足並みが揃わず、最終的に解決するまで何年も預金を引き出せず、お互いに睨み合いを続けることも実務上はよくある話なのです。これに対して公正証書遺言では法律に精通した公証人(退官した裁判官や検察官がなることが多い。)が法律上の要件を確認した上で作成するので、後日効力を否定されることは稀有であり、自筆証書遺言と違って家庭裁判所における検認が不要です。

また、公正証書遺言があれば、大体の金融機関でその内容通りに対応してくれます。だからこそ、相続人に紛争を避けさせ時間や手間を省かせるためにも公正証書遺言の方がお勧めなのです。確かに公正証書遺言を作成するときに手数料がかかりますが、結局は安く済むことにもなります。

【承継の準備その2】
ただ、公正証書遺言を作成しておいただけで完全に歯科医院の承継が円滑に進むとは限りません。たとえ最終的に有効と判断されるとしても、本格的な紛争に発展した場合には、遺言の内容を完全に実現するために相当な時間がかかってしまうことも実務上よくあります。また、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人には遺留分といって相続財産の一定割合を取得することが保障されていますが、歯科医院を相続しなかった相続人からこの遺留分を侵害されたとして遺留分減殺請求権を行使されるということもあります。こうした遺留分減殺請求権の行使による紛争が完全に解決するまでやはり落ち着かない日々が続くことになります。

そこで、先生方が元気なうちから歯科医院の承継に着手するという方法がお勧めです。先生方が元気なうちに歯科医院の承継が開始されていれば、日々既成事実が積み重ねられて、承継の事実自体が確固たるものとして関係者全てに受け入れられていくことになります。こうしておけば、先生方が考えている歯科医院の承継に不満な推定相続人の方々も、当初は不承不承かも しれませんが、積み重ねられた事実の重さは否定しようもありません。勿論、この場合でも遺留分に対する配慮は必要ですが、歯科医院の承継だけは動かしがたい事実として厳然と存在する以上、歯科医院の承継としては成功したも同然でしょう。

 人間の精神も肉体も有限であり、厳しい現実を言えば今は元気よく歯科診療に邁進されている先生方もいずれは引退せざるを得ないのです。その時になって、先生方の歯科医院を完全に潰してしまうのか、或いは誰かに承継させるのかを考えたのでは遅すぎます。その時には既にこの世に存在していないかもしれませんし、そうでなくてもこうした判断をする気力もその判断を実行する体力も既になくなってしまっているかもしれません。その意味では、将来の歯科医院の承継を見据えて、今から準備に入っても早すぎるということは全くあり ません。

【最後に】
 何でもかんでも終わりよければすべてよしとまでは言いませんが、せっかく先生方が築き上げてきたものが最後の最後で無(場合によってはマイナス)に帰してしまうのでは余りにももったいないことだと思います。先生方は地域の患者さんたちからも評価される歯科医院を育もうとして或いは実際に育んできたのですから、確実に次の世代に承継できるようにすべきではないでしょうか?

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