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『訴訟現場』で見る
これからの歯科治療に対する歯科医と患者のあり方 |
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| 1 現在、国民(患者)は歯科医にいったい何を求めているのか |
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歯科医療過誤の民事紛争は、歯科医師賠償責任保険や示談で解決され、判例としてはメディカルの医療過誤事件に比較し、その件数は未だ少ないといえる。
しかし、昨今の裁判事件、損保業界の現状と保険事故、簡易裁判所の調停そして歯科医師会および弁護士同士の裁判外和解事件の激増に対し、国民より何らかの歯止めが強調されていた。
そこで、厚労省は、歯科を含む医療過誤事件の激増〔資料(1)〕に対し、平成14年12月13日、医道審議会医道分科会で、医師・歯科医に対する「免許取消」や「業務停止」の行政処分の基準を見直し、その拡大化と重罰化を発表した。
しかも、これと軌を同一するが如く、司法(裁判)においても近時その「医療水準」は従前と比較し「高度化」し、賠償金も「高額化」の傾向にある。
その上、厚労省は、診療報酬の改定を平成18年4月から3.16%引き下げ、平成17年12月には歯科医・医師の医籍登録や医道処分情報の公開を平成19年4月から実施、更に平成18年1月には病院などの医療機関に、医療供給体制に関する数十項目の医療情報の開示を求める医療法改正案を本年の通常国会に提出する方針を決定した。すなわち医療供給側の情報の「公開化」と医療それ自体の「市場化」を目途としたものである。 |
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いま「国民による国民のためのよりよき歯科医療の供給」を大義名分に、立法・行政・司法は歯科医に対し、その人格・資格・治療・経営等のあらゆる面で種々の抜本的な改革を求め、現在そのための立法改正や実務通達、そして“あるべき”医療水準の確保が進行中である。しかし、歯科臨床の現場ではこれらの改革に対し「改革の趣旨」とは反対に多大な不安と自信喪失を招き、治療アレルギーや治療拒否そして廃院・転院等も視野に入れた先生方が潜在的に増加している。誠に皮肉なことである。
しかし、国民や法令等は決して歯科医に神業(かみわざ)を求めているものではない。敵(疾患)を知り己(歯科医・患者)を知れば百戦危うからずである。
そこで、今回はこれらの問題のうち歯科の臨床(治療)に関する直近の裁判の医療水準の内容と歯科医療の過誤例を紹介し、これからの歯科治療に対する歯科医と患者のあり方を検討する。 |
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そこで今回は、これらの規制強化のうち前回報告した“あるべき医療水準”の確保と同時に訴訟迄に発展しない、特にヒューマンエラー、ヒヤリ‐ハット事例等を含めた“あるべき医療業務”すなわち医療過誤・事故・不正の防止と“あるべき医療倫理”の保全を目的とした厚労省の「免許取消」「業務停止」の行政処分(医道処分)を、次に今回の立法改正と行政実務、最後に「国民による国民のためのよりよき歯科医療の供給」を目途としたこれからの厚労省と歯科医のあり方を検討する。 |
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| 2 現在、国民(患者)は歯科医に対しいったいどのような医療水準を求めているのか |
《医療水準の高度化》
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医師・歯科医の医療水準については、これまでさまざまな議論があった。しかし、直近の相次ぐ最高裁の判例でこの問題はおおむね確立したといえる。
従来は、歯科医に対しても「診療当時の臨床医“(現場)の実践として”の医療水準(最高裁・昭和57年3月30日判例)」が主流であった。これは、どちらかというと医師・歯科医の臨床現場を重視し、その責任を制限(免責)する方向にあった。
しかし、現在は「診療当時の臨床医の実践としての“あるべき”医療水準」すなわち「単に臨床現場だけでなく、医師・歯科医が診療当時において臨床医として(現場以外でも)当然に要求される“あるべき”医療水準(最高裁・平成7年6月9日判例)」と、その医療水準の内容を広げ、いわゆる注意義務の範囲と程度を拡大する方向で定着している。
この判例によって、医師・歯科医の医療水準は、地域・病院・専門などの格差や自由診療・保険診療の格差で固定的に判断されるものではなく、その医師・歯科医が置かれている医療環境によって、個別的・相対的に“あるべき”医療水準が判断されることになった。 |
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最高裁は、 以外に最高裁平成11年2月25日判決でいわゆる過誤(ミス)と結果(死亡)との因果関係について「肝細胞癌の見落としがなくても早晩死亡する蓋然性が高い患者でも、見落としがなく、治療をしていれば、実際に死亡した時期よりなお生存していたという高度な蓋然性が肯定(延命利益権)できるかぎり、肝細胞癌の見落としと死亡との間には因果関係がある」と判示し、医師の過誤を肯定した。 |
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更に、最高裁平成13年11月27日の判例は「乳癌の手術につき、乳房温存術が、いまだ当時臨床医の実践としての術式が確立していなかったとしても、また担当医が採用できない治療法等であっても、患者の立場で患者の利益になるのであれば、医師はそのような治療法の存在を当然説明する義務(期待権の侵害)があり、当該説明をしなかったのは説明義務違反である」と判示し、医師の過誤を肯定した。
これは、自己の乳癌治療について温存術式の治療方法を選択する患者の権利を侵害したという点で、医師の不手際(ミス)を肯定したものである。 |
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このように直近の判例は、歯科医の“あるべき”医療水準(仙台高裁・昭和62年3月31日判例、東京地裁平成12年12月25日判例)について、決して医師・歯科医に「神業を求めているわけではない」が「患者の自己決定権を重視」した傾向にある。しかも、この傾向は国民の医療に関するIQの向上と共に医療の設備と治療(術式)の飛躍的な発展にともない、医師・歯科医に対し、治療行為それ自体以外の研鑽・転医勧告・説明等注意義務の範囲を広くかつ程度も高度な“あるべき”医療水準を要求している。 |
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そして、ついに最高裁平成17年9月8日の判例で、帝王切開術を強く希望していた患者に対し、敢えて医師が経膣分娩を実施したが、不奏功により骨盤位牽出術を着手するも重度の仮死で出生後約3時間後死亡した事案について「患者に経膣分娩の危険性を理解したうえで経膣分娩を受け入れるかについて判断する機会を与えるべき義務を尽くしていない(機会権の侵害)」と判示し、医師の過誤を肯定し、過失を維持した。
これは患者の治療のIQに対し、それ相応の具体的な説明義務を尽くし、患者に具体的な治療の選択権を保障しなければならない、とした事例である。 |
【治療の裁量権と自己決定権】
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このように、現在“あるべき”医療水準を有する医師・歯科医の「治療の裁量権」に対し、患者には自己の生命・身体に対する治療に関し、専門家の説明を受け、治療の内容・方法について、“自己決定(選択)”する権利がある。
治療の裁量権は、この患者の自己決定権の枠内でのみ“理解と納得”での治療が行使される。これによって、患者と医師・歯科医との信頼関係が維持される。これが、現在の医療全般に対する国民の最大公約数的なコンセンサスといえる。 |
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そこで、患者の自己決定権の具体的内容、逆に、歯科医がどのような対処をすれば、この権利を患者に保障したことになるのか、が問題となる。その対処の鍵がまさしく歯科医の医療水準の内容の1つである説明義務の問題である。
これについて最高裁平成13年11月27日判例は、「患者の治療のために手術を実施するにあたっては、診療契約に基づき、特別な事情のない限り、患者に対し、疾患の診断(病名と症状)、実施予定の手術の内容、手術に附随する危険性、他の選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務がある」と判示し、説明の範囲については広く、程度についても高度なものを要求したのである。 |
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この説明義務につき、誰が、という「説明の主体」、誰に、という「説明の客体」さらに、「説明の方法」「説明の時期」「説明の回数」「説明の範囲」「説明の程度」等が具体的に問題となる。単に、形式的に患者または家族からいわゆる「手術同意書」をとっただけでは、裁判の実務では歯科医の説明義務が肯定されることはない。歯科医は、説明の内容を具体的・個別的にビデオ・写真や書面に記載し、その説明の都度、患者に具体的な治療内容・方法を具体的に理解してもらい、これを患者に選択してもらう必要(東京地裁・平成12年12月25日)がある。なぜなら、治療は歯科医と患者の能動的な共働作業で、患者は単に歯科医の独善的な治療の対象ではないからである。 |
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治療は、歯科医と患者のこれらのコミュニケーションや共働作業によって、「疾患」という共通の土俵の上で、しかもこれを記録にとどめ、相互の確実な理解と合意のもとになされ、治療の都度、これらをカルテと一緒に正確かつ適正に管理することまで含むものである。これをもって歯科医の患者に対する治療の拒否権(自己決定権)を担保し、逆に「説明義務」を尽くしたという認定に直結する。これが現在の裁判で要求している医療水準といえる。 |
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| 3 歯科医は現在、国民(患者)からどのような過誤で訴訟を提起されているのか |
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現在の医師・歯科医に要求されている一般的な医療水準については前記のとおりである。しかし、歯科と医科ではその生命・身体に対するリスク内容または治療分野および術式等の相違があることは否定できない。そこで、その医療水準も独自にかつ個別的に検討される必要がある。
この点、平成5~6年以前の裁判例はディスク・タービン・ストッピングキャリア等口腔内外の損傷、リーマー・レジン等の嚥下・誤飲、不当抜歯、ブリッジ補綴、不当削合、抜髄処置等そして麻酔事故による過誤事例が典型的であった。裁判例としては民事・刑事双方で約33件程度である。 |
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しかし、平成5年12月21日、平成6年3月30日にインプラントに関する東京地裁の裁判例、そして平成6年12月26日の福岡地裁のいわゆる「ロキソニン喘息発作事件」を嚆矢として歯科医の(積極的な)研鑽義務が肯定され、以後歯科医の医療水準は治療の一般そしてまた治療ごとに個別的に判断されるようになった。そこで、以下特に最近治療が一般化しているインプラントに関する直近の医療水準を紹介し、その余については具体的な裁判の過誤例を紹介することとする。 |
《インプラント治療と直近の医療水準》
インプラントに関する医療過誤事件の裁判例は、前記平成5年・6年の東京地裁の判決が最初であるが、この時点では未だインプラントは欠損歯に対する治療としては未だ術式も材料等も不十分な時代であった。平成5・6年以後インプラント術式および材料、治療方法は飛躍的に発展している。この潮流の中で平成13年の大阪地裁と平成15年の名古屋地裁でインプラントに関する医療水準(注意義務)に関する判決がなされた。その内容の要旨は下記のとおりである。
【大阪地裁平成13年3月9日判決要旨】
歯の欠損補綴の方法としては健康保険が適応される可撤性義歯による方法がある。インプラントは、長期的予後が不明であるなど、治療法として必ずしも確立しているとはいえず、原則として健康保険が適用されず、治療費が高額になること、可撤性義歯に比較し生体への侵襲が大きいことが認められる。インプラントは歯科形成医療で、緊急性と必要性が低く、いったん手術が行われた後の復元・再生が容易ではない。これらを考えると、歯科医に課せられる説明義務の範囲は広く、程度も重いものとなる。そこで、本件ではインプラントの設置手術の偶発性および失敗例、手術後の感染症の危険性、上顎の骨量とインプラント手術の難易性との関係並びに上顎の骨幅が少ない場合の術式であるペネトレーションとその危険性について説明していない。もって、歯科医に対し250万円の支払いを命じる(控訴審の大阪高裁平成14年5月9日判決は、損害額を約1107万円に増額して容認した)。
【名古屋地裁平成15年7月11日判決要旨】
インプラント植立手術の際は、骨溝作成の際には慎重に切削を進め、原告が痛みを訴えた場合には切削が下顎管近くに及んだことの微表なのかX線撮影を行って確認し、下顎管内を圧迫しない位置にインプラントを挿入すべき注意義務があった。しかし、本件では歯科医はこれに違反し、もって、歯科医に対し674万円の支払いを命じる。
インプラントを治療する歯科医及び専門医は特にこの判例を是非注意し、治療にあたるべきである。この判例の原点は、《医療水準の高度化》の中で紹介した最高裁平成7年6月9日と平成13年11月27日の両判決を基礎にしていることは明白である。 |
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《直近の歯科医療過誤事例》
直近、特に平成13年以降インプラント過誤事件以外の裁判例が従前と比較し多数公刊されている。それは、まず古くて新しいリーマ残置過誤事件で歯科医に過失あり、として歯科医に60万円の支払いを命じた東京地裁平成13年3月21日、交通事故後の咬口調整不良に基づく治療費の返還請求事件で、歯科医に過失なし、として請求を棄却した東京地裁平成13年6月21日、メタルボンドによる奥歯の補綴処置および12本の歯牙に対する抜髄処置説明義務違反で、歯科医に過失なし、として請求を棄却した東京地裁平成13年12月20日、上顎骨を口蓋根と誤認し上顎骨を掘り、上顎穿孔を生じさせ、同上顎骨洞内に印象剤が迷入したか否か未確認のまま、かつ、その事実を患者に報告、説明義務を怠った事件で歯科医に過失あり、として242万円の請求に対し、152万円の支払いを命じた山口地裁平成14年9月18日、レジン使用後の経過観察につき当該義務あるも危険性について立証なし、として歯科医に一部過失ありとして一部請求を容認した岡山地裁平成15年1月14日、アルゼン使用の禁忌者に対し薬剤漏出等の防止のため歯根部の十分な検査、確認の義務違反あり、として2,525万円を命じた山口地裁平成15年3月17日、局所麻酔剤キシロカインの投与の死亡事件につき問診義務違反とキシロカイン注射時の手技違反で、歯科医に過失なし、として請求を棄却した青森地裁平成15年10月16日、ASPの使用回数と使用量につき第3回分の使用につき、歯科医に過失あり、として409万円を命じた京都地裁平成16年5月26日、の判決等が続々と言渡されている。歯科の医療過誤に関する裁判は、インプラント事件も入れるとここ4年間で12件であり、この件数は過去において例がない。 |
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| 4 歯科医と国民(患者)の歯科医療に対する情報と治療の双方向性の確保 |
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これからの歯科医療は、インターネットによる医療情報の飛躍的発展による国民のデンタルIQの向上、少子高齢化と先端医療の発達に伴い、生活習慣病をはじめとした在宅介護医療患者を含んだ有病症患者の歯科治療の需要、そして、いわゆる“団塊の世代”のよりよいQOLを求めた歯科の自由診療の需要の増加は当然に予測される。
これに対する歯科治療は、従来の治療と異なって多種多様の患者に対し“あるべき”医療水準に基づいた治療(治療の裁量権)が求められ、当然にその個々の患者の素因、年齢、性別、有病、生活・社会・経済環境に応じた(患者の自己決定権の担保)ものでなければならない。しかも、その上で患者の要請にタイムリーに応じた治療が、これからのあるべき歯科医療といえる。
このことは、前記のとおり、特に平成13年から平成16年までの間にインプラント以外にリーマー残置、ASP貼布、レジン使用の経過観察、咬合調整不良、補綴処置不具合、印象剤の迷入、問診義務違反等の治療行為それ自体の作為以外に説明義務違反という不作為による過誤事件、その紛争は多種多様で従前は訴訟までに発展しなかった紛争が裁判所に持ち込まれていることからも明白である。 |
| (2) |
以上、現在国民(患者)が歯科医に求めているものは何か、特にその中核である治療の「医療水準」は、現在、その資格さえ喪失しかねないリスクを伴う程度まで高度化し、国民(患者)はこれを求めている。まして医療水準以前の問題であるヒューマンエラーによる過誤(資料2)は論外である。これからの歯科医はヒューマンエラーの絶対的な回避と益々の“あるべき”医療水準の確保が最大のテーマといえる。 |
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