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- 歯科医院の経営 -

2018.03.01 DRCエクスプレス

育児休暇の取得を巡るマタハラ紛争


 

永松・横山法律事務所
 平成30年1月27日付日本経済新聞中部版によれば、岐阜地裁は、同日までに、20代女性の歯科技工士(以下「当該従業員」という)が提起したマタニティハラスメントを原因とする訴訟事件について、歯科医院側に計約500万円の賠償を命じ、さらに退職も無効で現在も従業員としての地位があることを認めた。
上記新聞報道によれば判決で認定事実された事実は次のとおりである。
 

①当該従業員は平成22年に歯科医院に採用された。
②当該従業員は、育児休暇から復帰した平成27年1月、上司から「なんで1年間も休んでいたのか気が知れない」と言われた。
③その後、当該従業員が第2子の妊娠を告げると、別の上司から「こっちの不利益は考えないの」などと言われた。
④当該従業員は平成27年3月に体調不良を訴え、うつ病と診断され休職をした。そして、同年10月に歯科医院から就業規則の規定に基づき退職扱いになっているとの通知がなされた。
⑤当該従業員は、歯科医院側に、うつ病発症の原因が上司から受けたマタニティハラスメントであるとして、計約1050万円の損害賠償と従業員としての地位の確認を求め、岐阜地裁に提訴した。
 
なお、上記認定事実は、あくまで第一審判決のものであり、未だ確定したものでないことには注意が必要である。上記新聞報道によれば、歯科医院側から「産休や育休には誠実に対応をしており嫌がらせをした認識はない。判決を確認した上で控訴する」とのコメントが寄せられ、本件判決を不服として名古屋高裁に控訴する意向が示されている。

 
 

■育児休業を拒むことはできない

育児休業制度は「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「育児休業法」という)に定められている。育児休業法第5条1項は「労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。」と規定し、同6条1項は「事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。」と規定する。すなわち、育児休業は労働者の権利であり、事業主はこれを拒むことは勿論、これを理由とする不利益な取扱い(解雇、降格、減給、賞与・人事考課の不利益評価など)は禁止されている(同10条)。
 
そして、厚労省が作成した「妊娠・出産、育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A」では、原則として、妊娠・出産・育児休業等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は、これらは妊娠等を「契機として」いると判断されることになる。また、育児休業は子供ごとに適用されるので、第一子の育児休業から復帰した直後に第二子の妊娠が判明した場合でも、事業主としては産前産後休業・育児休業を与えなければならない。
 
 

■個別周知まで求められる時代に

さらに、平成29年10月1日施行の育児休業法の改正によって、事業主は、労働者又はその配偶者が妊娠・出産したことを知った場合に、当該労働者に対して、個別に育児休業等に関する定めを周知するように努めることが規定された。
 
当該規定は努力規定であるため、これに違反した場合でも直ちに法的制裁があるわけではないが、やはり法律上「努める」ことが要請されている以上はこれを遵守することが望まれる。
 
 

■ハラスメント防止措置は事業主の責務

また、男女雇用機会均等法(以下「均等法」という)の改正によって、平成29年1月1日から、職場における妊娠・出産等に関するハラスメントの防止措置を講じることが事業主に義務付けられた。
 
事業主が講ずべき措置の内容については、厚労省告示の妊娠・出産等に関するハラスメント指針(「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」) に定められている。

例えば、妊娠中の労働者は時間外労働の制限・深夜業の制限・軽易業務への転換などを請求することができるが、これらの請求を妨げるような言動はハラスメントに該当する。そのため、事業主はこれらのハラスメントが生じないように様々な措置(ハラスメント禁止の周知啓発、相談体制の整備など)を講じることが求められる。これに違反するときには是正勧告がなされることがあり、さらに是正がないときは事業所名を公表されることもあり得る。

 
 

■労働者の精神疾患と事業主の責任

新聞報道の事実によれば、女性労働者は、育児休業の取得に関して上司からハラスメントを受け、うつ病と診断され休職し、6か月ほどの欠勤を理由として退職扱いになったとのことである。そのため訴訟では精神疾患の原因が上司からのハラスメントか労働者の個人的問題かが争点になったと思われる。
 
精神疾患に関する労災認定については、労働基準監督署が策定した「心理的負荷による精神障害の認定基準」が重要である。同基準は、労災認定要件として、①認定基準で対象とする疾病を発病していること、②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないことを掲げている。
 
労災認定がなされた場合は、労働基準監督署から労災保険の給付を受けることが出来る。しかし、労災保険からは、休業損害の60%と治療費等しか給付がなされないため、事業主に責任があると認められれば、休業損害の40%や慰謝料等の支払責任が生じる(ちなみに、労災保険からはさらに休業特別支給金(休業損害の20パーセント)が給付されるが、これらは事業主の責任に影響しない)。
 
したがって、事業主がハラスメント等の防止策を講じることなく心理的負荷等が原因で労働者が精神疾患に罹患した場合には、例え長期の欠勤があったとしても退職取扱いは無効で、事業主は欠勤中の給与相当額(労災控除後の約40%)を支払う必要がある。冒頭事件の判決文が公表されていないため詳細は不明であるが、女性歯科技工士は平成27年10月に退職扱いとなって平成30年1月27日までに判決が下されていることから、歯科医院側は2年以上にわたる休業損害を支払うことが命じられたと推測される。しかも、判決では「従業員としての地位の確認」も認容していることから、歯科医院としては、職場の混乱を覚悟で女性歯科技工士の復職を許すか、さらに将来にわたり給与相当額の支払いを継続する必要があるのである。いずれの選択肢も“茨の道”と言わざるを得ず、結局、それなりの金額の“解決金”の支払いによって退職に同意してもらうことが実務上多い。

 
 
平成28年度「過労死等の労災補償状況」

 

「過労死等の労災補償状況」(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000168672.html)を加工して作成

 
 

■医療機関における労災件数

株式会社電通における女性労働者の自殺報道で、精神疾患と過重労働・職場ハラスメントの問題が一躍注目されたが、精神疾患と労災は広告会社や通信会社だけの問題ではない。実は、平成29年6月30日に厚労省が公表した平成28年度「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害の請求件数の多い業種・精神障害の支給決定件数が多い業種ともに、1位が「医療福祉-社会保険・社会福祉・介護事業」で、2位が「医療福祉-医療業」となっているのである。精神障害の業種別請求等については参考資料をご参照いただきたい。

 
 

■実体に応じた職場環境の構築

以上のとおり昨今の法改正によって事業主には様々な対応が求められており、普段は問題にならなくとも、いざ問題が生じたときにこれらの不備の責任が問われることになる。前記のハラスメント防止措置や個別周知も、小規模の事業所が多い歯科医院等では対応するところは多くはないかもしれない。しかし、労務紛争が先鋭化して訴訟等になった場合には格好の標的になる。
 
特に妊娠・出産・育児については、事業主の負担の下に、労働者の権利の拡大・権利行使を容易にする方向に法改正がなされている。そのため、事業主としては(妊娠・出産・育児に限るものでもないが)法改正・新聞報道について常日頃より情報収集し、さらにそれを実践していく必要がある。当然のことであるが、厚労省が公表しているモデル規則や市販の雛形をそのまま使用しても意味はない。立派すぎる規定はむしろ有害である。歯科診療所でも少人数で運営するところもあれば、多くのスタッフを抱えているところもある。やはり当該事業所ごとの実体に即した体制を構築することが肝要である。

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