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- 歯科医院の経営 -

2018.11.21 DRCエクスプレス

有期雇用の中途解雇はハードルが高い

 

東京地方裁判所平成29年2月23日判決(労働判例1180号99頁)は、Y法人(独立行政法人)が運営する病院において5年間の定めで雇用されたX歯科医師が提起した解雇無効訴訟について、同医師の主張を認め、Y法人に約2年10か月分の給与及び4期分(2年分)の賞与等の支払いを命じた。判決で認定された事実は概ね次のとおりである。
 
①X歯科医師は、平成25年11月、Y法人が運営する病院において歯科医長として雇用された。雇用形態は5年の有期雇用であった。
②X歯科医師の給与は年俸制であり、救急待機手当と役職手当を除いた月額給与は約93万円とされていた。
③また、賞与は業績年俸として半期ごとに支給されるが、初年度は理事長が決定した号棒により定まり、2年目以降は前年度の80~120パーセントの範囲で理事長が定めることになっていた。X歯科医師の初年度の業績年俸額は約245万円であった
④病院の病院長は、平成26年4月、X歯科医師に対し、スタッフから同医師に関する相談が25件寄せられていることを理由に辞職を勧告し、さらにX歯科医師の治療が一定レベルに達していないと伝えた。
⑤なお、X歯科医師は上記25件の内容を開示するよう求めたが、病院長はこれに応じなかった。
⑥Y法人は、平成26年4月末日、X歯科医師に対し、上記25件の解雇理由を挙げ、歯科医療の適格性を欠く行為があり、また、上長としての職責を果たしていないから、歯科医長としての適格性を欠くとする解雇通知書を交付した。
⑦X歯科医師は、Y法人を被告として、労働者たる地位の確認及びそれに基づく未払給与及び賞与等の支払いを求め、東京地方裁判所に提訴した。

 
 

■解雇無効で34か月分もの給与支払命令

 上記訴訟において、Y法人は、25の解雇理由及び19の問題行為をもって解雇が相当であると主張した。しかし、東京地裁は、これを一つずつ検討した上で、その大半を事実として認めず、また、一部事実として認めたものも解雇事由に該当するものではないとして、本件解雇を無効と判断した。
 
 その上で、東京地裁は、解雇日(平成26年4月末日)から給与や賞与が未払状態であるとして、判決確定日(平成29年3月上旬)までの分について給与月額約93万円×約34か月間≒3160万円余と半期分賞与約122万円×4期分(2年分)≒490万円余を支払うよう命じた。
 
 X歯科医師の給与・賞与が高額であったとの事情があったが、仮に半分だったとしても1800万円余となり医院経営にとって重大な影響を及ぼすことは間違いない。このように一般的に解雇紛争において敗訴したときのリスクは重大で、しかも紛争の長期化に応じて加算され続けるという特殊性があることは、経営者たる歯科開業医においても認識する必要がある。

 
 

■歯科治療技術の不足は解雇事由にならない?

 上記訴訟においてY法人はX歯科医師の知識・技術が不十分であることを解雇事由として挙げ、本件判決でもこの点を判断している。このように知識・技術の不足から退職を求めることは巷では珍しくないと思うが、正面から論じている裁判例は多くない。
 
 この点に関し、まず本判決は、「歯科医療行為に係る知識や技術については,それ自体高度な専門性を有する事柄であり,当該患者の身体の状況について実際に得られた具体的な情報を基に,当該患者の意思・希望や,治療行為を行う際の人的・物的態勢等を踏まえつつ,その都度適切な治療行為を選択して実施すべきことからして,その治療行為の選択には担当する歯科医師に相当広範な裁量が認められることも論をまたないところである。」と判示し、歯科医師の治療行為には広範な裁量があることを指摘した。
 
 その上で、本判決は、「被告は,本件解雇の理由として,原告のした多数の治療行為について医療安全上の問題があったことを指摘するが,上でみたような医療行為の特性を踏まえるならば,治療行為が解雇の理由として考慮に値するようなものに当たるか否かは,当該治療行為が相当な医学的根拠を欠いたものか,実際に当該治療行為が行われた患者の身体の安全等に具体的な危険を及ぼしたか,治療行為に際して認められる裁量を考慮しても合理性を欠いた許容できないものといえるかといった観点からの検討が不可欠なものということができる。」と判示した。
 
 すなわち、解雇事由となり得るのは、医学的根拠を欠いたり、具体的な危険を及ぼしたり、合理性を欠いたりするような例外的な場合であると判示している。このような例外的な場合にしか解雇事由にならないとすると、高水準の歯科治療を志向する歯科開業医にとって些か厳しすぎるようにも感じるが、歯科開業医においては歯科治療の知識・技術の不足を理由とする解雇が困難であることを認識しておく必要がある。

 

 

■有期雇用でも中途解雇が厳しい

 一般的に無期雇用より有期雇用の方が雇用関係を解消しやすいといわれるが、これは期間満了による不更新(雇止め)をする場合のことであり、雇用期間中に解雇する場合にはむしろ有期雇用の方が解雇が認められ難いことには注意を要する。
 
 無期雇用に関する労働契約法16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定するのに対し、有期雇用に関する同法17条1項は「使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」と規定している。
 
 すなわち、有期雇用においては「やむを得ない事由」までなければ解雇が認められないのであり、当該事由については裁判実務上非常に限定的に解されている。実際問題として、有期雇用を解消するためには期間満了のときまで待ち、不更新(雇止め)をもって対処するのが一般的である。これを考えれば、初回の契約期間はあまり長く設定しない方が歯科開業医にとってはよいといえる(上記訴訟では雇用期間を「5年間」にしていたことも判決金額が大きくなった要因である)。

 
 

■弁明の機会は必ず与えること

 さらに、解雇事由に該当しそうな場合でも、当該労働者に弁明の機会を与えなければ解雇無効とされることもある。そのため、歯科開業医においては重大事案が発生したときでも当該労働者の言い分を聞くことを忘れないでほしい。
 
 本件訴訟においても、「本件解雇理由については解雇理由書でその内容をある程度明らかにしているとはいえ,事前にはその内容の開示に応じていないし,そもそも本件問題行為については解雇時に考慮された事情として明らかにされていない。本件解雇理由や本件問題行為が原告のした医療行為としての相当性を問題にしていることからすれば,当事者である原告に具体的事実を示さず,弁明の機会を一切与えていない点は,手続面で本件解雇の相当性を大きく減殺させる事情といわなければならない。」と非常に手厳しくY法人(病院)の対応を批判している。

 

 

■賞与支払いは使用者の義務なのか?

 本判決では業績年俸(賞与)の支払いまで命じているが、賞与は使用者の裁量によって決めるものではないかと疑問に思わなかったであろうか。
 
 このような考えは半分正しく半分間違っている。すなわち、賞与には、恩恵的給付としての側面と労働の対価としての側面があり、就業規則や労働契約書において支給時期・金額・計算方法が定められているものは後者に該当するものとして経営者が自由に変更することは許されなくなる。
 
 本件訴訟では「初年度の業績年俸の80~120パーセントの範囲」で決定すると規定されていたことから、経営者はこれに対して支払義務を負っていると判断されたのである。
 
 就業規則や賃金規程では支払金額・計算方法を明確にせず使用者が決めるとの規定になっていることが多く、この場合には使用者は賞与を支払わないことも可能である。他方で、労働者との個別の契約書では支払金額や計算方法まで明記してあるのを時々目にするので、これらが使用者を拘束するものであることはくれぐれもご注意いただきたい。

 
 

■年次有給休暇の時季指定義務の導入へ

 今般、労働基準法が改正され、平成31年4月から、中小企業を含む全ての企業において、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、年次有給休暇の日数のうち年5日については、使用者が時季を指定して取得させることが義務付けられた。
 
 これを受けて、労働基準法施行規則も改正され、使用者は、労働者ごとに年次有給休暇管理簿を作成し、3年間保存しなければならなくなった。
 
 このように労働分野における法改正が毎年のように行われ、また、上記訴訟のような問題もあり、さらには昨今では人材不足という問題もあり、歯科開業医にとって労務管理は非常に悩ましい問題である。これらを全て一人で抱え込めば遅かれ早かれ無理が生じるので、決して孤立することなく、各自に適した情報ツール(情報誌、セミナー、学会、顧問税理士等々)を活用して対応していただきたい。

 
 

▼厚生労働省「年次有給休暇の時季指定義務」より <https://www.mhlw.go.jp/content/000350327.pdf>
 

 

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